毎週金曜24時配信の宣伝

氷結ひらかわにんという配信名でやっております。

素人のおっさん二人が一時間「ラジオ番組のDJ」気取ってリスナーさんからのDMを読んでいくという”イタイ”配信です。(僕的には楽しい)

 

番組コンセプトとしては例えば雑誌とかテレビとかの投稿コーナーで「自分の名前」が読まれた時の”感動”をリスナーさんじゃなくて僕達が楽しみたいのです。

ちょっとややこしいですが

 

どこの馬の骨かわからないおっさん二人に名前を読まれた所でっていうのは

僕自身感じてる部分でもありなんとかしたい部分でもあるので

 

どしどしとDM頂けたら嬉しいです。

 

ラジオ番組気取ってるので簡単にタイムテーブルを説明しますと

 

24:00〜OP曲

24:03〜皆さんのDMをガンガン読んでいく

24:30〜リクエストBGM

24:35〜皆さんのDMをガンガン読んでいく

24:55〜ED曲

 

なので募集してるDMは「罵声」「質問」「リクエストBGM」「感想」「励まし」などなど自由に送って頂けたら嬉しく思います。

 

よろしくお願いします。

誰コラをやってみて思い出した事

びっくりした!

ツイキャスという配信アプリには

「誰でもコラボ」という機能がある。

簡単に説明すると配信中に色んな人が次から次へとやってきて会話するのだ。

 

「あれ?これテレクラやん!」

 

まだ二十歳そこそこの時、友人に連れられ初めてテレクラを経験した。

3000くらい払って中に入ると”番号が書かれた”個室がたくさんあって「じゃあなw」

と友人は不適な笑みを浮かべて自分の”部屋”に入っていった。

「おい!どうすればええねん!」

とりあえず僕も”自分の部屋”に入ると

電話が一個置いてある。

受話器を取ると当時流行ってたオレンジレンジが流れてて「僕らはいつも以心伝心〜♪二人の距離つなぐテレパシ〜♪」その合間に

「お客様の待ち順は3番です」

と女性のガイダンスが流れる。

またしばらくオレンジレンジが流れると

「お客様の待ち順は2番です」

 

やばいやばいやばい”何者”かが近づいてきてる!

心臓バクバクになってきた!

 

「お客様の待ち順は1番です」

 

「お電話が繋がりました!”もしもし”と声をお掛け下さい」

 

深く深呼吸した後、意を決して

僕「…も、もしもし」と言うと

 

相手「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!ゴラアアアアアア!!殺すぞおおおお!!!」

 

頭パニックなってると、友人が部屋に来てくれて

 

「そいつ頭おかしいおばはんやから33押しな」

 

言われた通り33押すとまたオレンジレンジが流れ始めて安心した。

 

「そのおばはんさっき俺の部屋6番やねんけど、33押したから次に7番のお前の部屋に回ったと思ったから心配で来てん」

 

彼の言葉から推測するとその頭がおかしいおばはんがこのテレクラ内を駆けめぐってる??

1→2→3→4→……

そう言うと彼はまたもや不適な笑みを浮かべながら6番の部屋に帰っていった。

 

まあ、そんな事もあり幸先は悪かったけれどだんだん自分もテレクラのシステムと会話に慣れていき、ジュース飲みながら色んな女性と話せるようになっていった。

 

中には中学生とか高校生も居て明らかに「援助」目的丸出しで甘ったるい甘えた声で「もちもち〜〜?」とくる

 

そん時はいつも「条例違反!懲役!条例違反!懲役!」と頭の中で念仏のように唱えながら泣く泣く33を押していた。

 

 

で、誰コラの話に戻ると

老若男女色んな方々と性的な話抜きでお話し出来て楽しいけれど

凄く疲れるなあというのが正直な感想です。

 

 

鬱の彼女

今から何年前だろうか鬱の彼女が居ました。

彼女は睡眠薬ハルシオンが無いと寝れなくて後は色々な錠剤、覚えてるのはリタリンデパスなどなど飲んでたのを今でも覚えています。

 

お酒も大好きで酔っ払うと色んな話をしてくれて特に覚えてるのは

彼女が4歳くらいの時にいつも近所のお姉さんの家に遊びに行ってて

彼女はそのお姉さんが大好きだったから毎日行ってたんですね。

そのお姉さんの笑顔はとても素敵でだから嬉しくてたまらなかったと。

 

けれどある日突然、聞いてしまったらしいのです。

彼女がお姉さんの家の玄関まで行くとお母さんが出てきて「ごめんね、今日〇〇いないのよ」

その瞬間、お姉さんの声

「また”あいつ”きてんの?おらん言っといて」

 

その話はなんとなく印象深くて

今でもその話の夢をみる時があります。

 

で、最近彼女自身の夢を見て

それは電車でお互いすれ違うという感じで、でもその時一瞬目があってニコニコしてました。

 

ようやく前に進めそうです。

無意味な遊び

中学生の頃、休み時間誰かが「新しい遊び考えたで」と言った。

「なんなん?」と聞くとそいつは「トイレの個室あるやんか?あそこに何人か入れるかやろうや」

僕らは失笑しながら「何がおもろいねんそれ」と言った。

けどそいつが「絶対おもろいから!」としつこいので僕らはやる事にした。

 

いざやってみるとこれが

めちゃくちゃ面白くて僕らはみんなヨダレ垂らしながら大笑いしたのだ。

なんであんな面白かったのか?

 

今考えると”無意味”だからなんじゃないかなと思う。

例えば満員電車でもぎゅうぎゅうになるけど面白くない。それは「会社にいく」とか「学校にいく」とかある”目的”があってその”手段”として乗ってるからだ。

 

これがもし満員電車でぎゅうぎゅうになる事が”目的”ならめちゃくちゃ面白い気がする。

 

つい先日、配信仲間の茶屋町亭〇〇という人が「ツイキャス8人入れるかやりませんか?」

 

僕はまたあの時と同じように最初、

「何がおもろいねん」と思いながら渋々やったらめちゃくちゃ面白かった。

 また同じ過ちを繰り返してしまったと思った。

あの時やった遊びを思い出したのだ。

 

無意味な遊び最高。

 

作文

これ、小学校の頃から嫌いで何を書いて良いのかさっぱりわからなかった。

 でも、作文の上手い人は居て、彼らの作文は先生が褒めていてみんなの前で発表させられたりしていた。

それを聞くとなるほどーと思い感銘を受けた記憶がある。

 

年月は経ち、僕にも彼女が出来た。その彼女は遠距離だったので手紙のやり取りをした事がある。

まず最初に彼女から手紙が来た。

僕はその手紙を読んで「なんやこれ!上手いなあ!」と思った。

なんだこの”愛情”が込もった文は!

 

よし、早速、僕も書いてみようかな。

あれ?全く書けない…

あ、これ小学校の頃と同じだ!

 

小学校の頃「遠足の思い出」という作文を書く課題があった。

 

僕は「お菓子食べて美味かった」「面白かった」とか「楽しい」とかで400字作文なのにめちゃくちゃ余白を余らせて提出して怒られた記憶がある。

 

なので、その彼女にも汚い字でかつたどたどしい文章で「えい!」と送って呆れられたのだ。

 

でも、今なら「出来る」とまでは言わないが、(出来てるかどうかは他人の評価だと思うので)

「書けるよ」とは言える。

 

遠足の作文だって、例えば

 

駅までの長い道程、僕は歩くのに飽きて空を見上げた。

すると空には煙のような雲が散らばっていたのだ。煙なので動くその雲を歩きながら暫く眺めていたら路肩の溝に足を踏み外しそうになった。その状況を見かねた

後ろを歩いてた友達がやれやれみたいな表情で魔法瓶の冷えた麦茶をくれた。

それがすごく美味しかったんだ。

 

そう、今なら頭の中のモヤモヤを

表現出来る。

このモヤモヤが表現出来なかった時、

自分は凄くイライラしてた気がする。

けれどそのイライラは多分アウトプット出来ないイライラなのかなあと。

例えるとゴミの日なのに”どこに”ゴミ捨てて良いのかわからない状態”

 

あ、今日はゴミの日だ。

 

面白い世界にする為に投票する

僕は自分の事しか考えてないので

「自分に取って面白い世界で生きたい」

訳なのです。

まあ、ゲラゲラ笑いたいんですね。

ヨダレ出るくらいには笑いたい。

その為に必要な事は「自分に取って面白い人達」をもっともっと

世に”押し上げる”必要があるなあと。

 

ちょうど都合よく今の時代はSNSというのがあるので

「自分の面白い世界にしやすい」

側面があると思う。

 

自分がつまらないと思うツイートがバズってたとしたらそれに文句を言うのではなく自分が面白いと思う人達のツイートをもっともっと世に知らしめていけば

”結果的に”自分に取っては

面白い世界になるような気がする。

 

褒められるという事

まず、自分がやった事の評価は自分で決める。間違っても他人の評価で自分を決めないという事。

僕があまりゲームをやらなくなった理由としては”評価を他に委ねる”と言った点からだと思う。

けれど評価を他に委ねないゲームもあって例えばマリオペイントとかシムシティとかだ。

そういうゲームは今でも楽しい。

誰かに褒められるなんてクソ食らえだと思う。

誰かに褒められるという事は誰かに「上から評価される」という事だ。

例えば、僕がもし「専業主婦」で料理を作って旦那に食べてもらったとする。

そんな時に旦那に「よくできたね」とか言われような物なら首締めるだろうな。

そん時に嬉しい言葉は「ありがとう」という感謝の気持ちだろう。

 

感謝の言葉はいつも”対等”なのだ。