窓を開ける

自分は煙草をよく吸うのでよく窓を開けてる。

今の時代は喫煙者には厳しくてベランダに出て吸うホタル族と呼ばれる人達も責められるのでいずれ、この先、窓開けて吸う人も責められるのだろうなと思う。

それまでには止める予定なのでもう少し猶予が欲しいとワガママをもう少しだけ世間様に対してお願いしたいところである。

 

さて、この窓を開けるという行為、

 

良いなあと思う。

 

その昔、日本国に置いて"鎖国"という時代があった。

 

外国人という新しい風を

一切シャットアウトしてこれは窓を閉めてる状態。雨戸だ。

 

鎖国してた時は国がもの凄く"安定"して

内部で江戸文化と呼ばれるようにみんなが「楽」だったんだろうなあと思う。

コミュニティに置いて外部の声をシャットダウンして自分に取って都合の良い世界を作る事は居心地は良いけれど、

 

その内、安定し過ぎた反動で「煮詰まってくる」ように思える。

それは窓を閉めて煙草を吸う煙モクモク状態だ。

 

だから、ペリーが来た時に人々は

新しい何かを期待して窓を開けたんじゃないのかな。

 

そういえばブルーハーツの曲で

「窓を開けよう」というのがあった。

 

今日はそれを聴いて寝よう。

 

 

 

将棋道場に行ったのに中に入らなかった日VOL1

昨日は休みだったので予てより行きたかった電車で30分くらいの道場に行こうと計画を練っていた。

 

因みにここで将棋道場知らない方に”システム”の説明をすると

老若男女誰でも楽しめるゲーセンに近い場所で違う所は”先払い”で席料を納め

後は”自分の棋力”を道場主に申告すると

自身の実力に近い方とマッチングしてくれ、時間が許す限り何度でもプレイ出来るという場所なのだ。

 

で、前日の深酒を避け

「昼くらいに起きて近くのトンカツ屋で少し高いヒレカツ定食を食べてしっかりと腹ごしらえをしてから戦に臨む」

という楽しい計画を練っていたのだ。

 

つまり

 

1 まず前日の深酒を避ける

2 昼前くらいには起きる

3 少し高いトンカツ屋で腹ごしらえをする

 

4 電車に乗る

5 道場で将棋を指す

 

という順番だ。完璧だと思っていた…

 

結果から言うと3までは予定通りすんなりと定跡通り意気揚々と進んでいったのだが、

 

読み抜け発生!

 

スマホの充電が2%しかない事にヒレカツを食べ終えた後に気付いたのだ。

 

あちゃ〜

 

このまま食事を終えた後、

電車に乗ると充電が切れスマホのナビが使えない事により駅から道場への道程がわからない。

 

1と2の間に

スマホの充電をする」というのが抜けていたのだ。

 

気を取り直してここから最善手を考えてみようと思った。

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伯父にリベンジした

遠方の地に住んでる父方の伯父が実家に滞在している。

理由は老人ホームに居るばあちゃんがいよいよかという感じだからだ。

(うちの親父の近所にある)

 

その伯父には昔、将棋でコテンパンに負かされた事があった。

それが、ずっと悔しくて心に残っていたのだ。

その当時の伯父曰く「アマ二段くらいはあるからな〜もっと強くなれよ」とか言われたのも覚えている。

 

で、昨日実家にリベンジしにいったのだ。

将棋盤はあったけれど駒は無かったのであらかじめ任天堂製の駒を用意しておいたのだ。

 

伯父に挨拶すると

 

伯父「おう〜〜!久しぶりに将棋でもするか」

 

「よろしくお願いします。」

 

結果から言うとボコボコにしてしまった。

途中弱過ぎて「なんだこのジジイ」とかも思ってしまった。

 

悲しい

 

最初ニヤニヤしてた伯父が狼狽して

 

「最近は”囲碁”しかしてない」と言った。

 

寂しい

 

でもね、最後に伯父はハッキリと

 

「勉強させて頂きます。もう一度いつかお願いします」

 

と言ったのだ。

 

伯父のリベンジが待ち遠しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽と楽しい

初めての体験というのはなかなか一歩踏み出せなく億劫だ。

なんせ「面倒臭い」

慣れてる「確定された間違いのない楽しい」モノに自分はいきがちで

 

例えば、食で言うなら「唐揚げ弁当」は鉄板だ。

なぜならそこには「過去美味かったよ経験」がある。安心する。

穏やかに休日を過ごせるのは間違いない。

”ざんばら弁当”という今まで聞いた事がない名称の食べ物が売ってたとしてもまず「なんやねんそれ」が自分は先立ち選ばないのだ。

 

それは”楽”だ。

 

甲本ヒロトは言った。

 

“楽しい”と“楽”は違うよ “楽しい”と“楽”は対極だよ 
楽しいことがしたいんだったら 楽はしちゃダメだと思うよ 
楽しようと思ったら 楽しいことはあきらめなきゃダメだね  
ただ 生活は楽な方が絶対いいと思うよ でも人生は楽しい方がいいじゃん
生活は楽に 余計なことには気をとられず 人生は楽しく。

 

人生をテーマパークだとすると

最高に楽しい一個の乗り物にずっと乗り続ける自分と新たな乗り物に乗りたいという貪欲な自分も居る訳で

 

その辺をバランス良く

 

過ぎたるは尚及ばざるが如しで過ごしたいですね。

 

 

 

 

 

 

観る将

観る将という言葉を最近知った。

 

観る将とは「将棋を観る専門で自らは指さない将棋ファンのこと。」

と定義されている。

 

これを知った時に「はいはいはい!俺これ!俺観る将!観る将最高!」となったのだが、

あ、でも指すのも好きだからちょっと違うのかと思い「観る将兼指す将」なのかなあと。けれど観る6:指す4くらいの比率なので大まかに言うと観る将なのだろう。

というのも実際に将棋を指さないと「理解出来ない」事が自分の場合はあるので

観る将になるために指す将をしてるという感じか。

 

そういえば自分は「格闘ゲーム大会の配信」を観るのも好きで最近ではプロゲーマーの方達も海外大会にガンガン参戦しているので時差的に深夜だったり早朝だったり観れない事もあるが、観れない時は後で録画とか動画サイトに上がってないか調べたりしている。

 

最近ではストリートファイター5というゲームで自分が好きなプロゲーマーがやってるので、少しでも理解したくてXBOXやらPS4を買ったりした。

ちなみにこのストリートファイター5というゲームの世間的な評価は2とは違い(スト2は知ってる方も多いだろう)

ロード時間も遅いし最悪だった。

 

けれど自分的にはやる将専門ではないので観る将の比率が高いという事でさほど気にならなかったのだ。

 

けれど難しいもので、観る将やる将を多ジャンルに渡ってやると今度は時間が足りなくなってきて一歩も身動き取れなくなってきて分刻みのスケジュールをこなさないといけなく楽しいけれどヘトヘトに疲れて、何やってんのかよくわからなって寝る時もあって。

 

結論から言うと楽しむのもパワーが必要なのかな。

明日はニンニク食べよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スナックニシ

桜🌸が満開な今日この頃

春が来た。

 

冬は寒い。

色々な行動が億劫になるこの季節、僕は飲みに外に出るのが面倒になった。

酒はそんなに好きではないが酔っ払う事は楽しいと思う自分は飲みに行ったら行ったらで楽しいのは間違いないのだが面倒臭いが勝ってしまって一歩も動きたくないのだ。

布団に潜りながら

 

「ああ〜家に居ながらにして飲み屋に行けないのかな〜」

 

は!!

 

今の時代インターネットがある。

 

配信という物があるらしい

 

その配信上で「”自分”がダラダラ出来る空間を作ろう」

 

それが始まりだ。

 

自分の欲望として

 

「おっさんにだけは怒られたくない」と同時に多分、これは癖なんだろうけど

「女性に怒られたい」

という気持ちがあり、ある女性の方に早速声を恐る恐る声を掛けた。

 

「楽しそうね〜いいよ」

 

幸いな事に軸が決まった。

 

これでもう80パーセントは自分の中で完成してる。

どうせなら、もっと女性が多い方が良いかなと思い、

その最初に声を掛けた人は僕の中で「しっかりしてる」「落ち着いてる」

精神的支柱なイメージだったので、その方と全く真逆な方にお誘いをした。

 

結果、OKの返事を頂いて二人の女性

 

太陽と月

飛車と角

白と黒

 

クラブやらラウンジ等は自分も行った事はあるがちょっと”人を選ぶ”空間だったような気がしたので

 

スナック

 

良い言葉だ。

 

で、チーママという単語を知り

ママとチーママの極端に違うコラボレーションに

 

中間辺りのお客さんの色が混じれば

 

「毎回、俺が楽しめる」

 

そういう配信が毎週、土曜日の25時〜27時までやってるので、よろしくです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参りました

将棋では相手に「負けを悟った側」が

「参りました」と言わない限り終わらないというのがあって、若い頃ネット将棋を自分でやって負けまくって

絶対にそれだけはやってはいけない「回線切り」もめちゃくちゃやってて、

パソコンをぶっ壊しかけて、何とか踏み止まり、何で”踏み止まれた”のかな?と思った時にやっぱり「将棋が好き」なんだなあと改めて思う訳で。

 

将棋の1番素晴らしい所は

「負けを自分で認める」

自己肯定を今まで自分はしてたからパソコンぶっ壊そうと思ったのだろう。

 

谷川九段の言葉

 

「負けました」
といって頭を下げるのが、
正しい投了の仕方。

つらい瞬間です。
でも「負けました」と
はっきり言える人はプロでも強くなる。

これをいいかげんにしている人は
上にいけません。

 

僕は、将棋以外にも大喜利が好きで

ネット大喜利で「参りました」と頭を下げた人が発した言葉を未だに覚えている。

 

自己肯定ではなく自己受容

 

偉大な先人達は自分の「負け」「至らぬ点」を理性的にきちんと分析し、「受け入れて」未来への糧としてるのだなあと

 

強くなりたい