イメージの奴隷にならない

これは、ザ・クロマニヨンズ(ザ・ブルーハーツ)のマーシーが言った名言だ。

 

「他者」が自分自身に対して「どういう風に思ってるか?」つまり、「自分自身がどう他者に映ってるか?」を皆さんはイメージする事はないだろうか?例えば

 

「あの人には好かれてる”かも”」

「あいつには面白いと思われてる”かも”」

「上司には一目置かれてる”気がする”」

 

等々

 

要は、真か嘘かわからないけど他者のイメージを僕達は日々めちゃくちゃ”気にして生きている”のかなあと。少なくとも、僕はめちゃくちゃ気にしてる。その方が日々の会話、生活が何事もなく円滑に進み、なによりそれに”沿っていく”と

 

「楽」だからだ。

 

それに、「好きな人」「面白い人」「上品な人」に”認められた”と勝手にイメージして思う事は 「嬉しい」「ハッピー」「やったー(^-^)」だからだ。

 

でも、よくよく考えれば、なぜ人が人に認められないといけないの?と考えた時に「羊が羊飼いに頭を撫でられてニコニコしてる」イメージが頭の中を沸いてきて

 

違うだろ!と。

 

これは自分の体験談で前の職場に物凄く高圧的で怖い上司が居た。

いつもミスしまくって怒られてた。

”なぜかその上司の前ではミス連発”してしまうのだ。なぜか?今は分かっている。それは

 

まず、自分が怖い上司を勝手にイメージする

上司は怖いので上司のイメージの中の”自分を演じないといけない”

上司のイメージを想定すると自分のイメージは「駄目でどうしようもない部下」

上司のイメージを損なわないように

「自分はミスしなきゃいけない」

ミス連発

 

要は他者のイメージを想像すると

そこに囚われて奴隷になるのだ。

 

よく女の子が彼氏の影響を受けて、女の子らしくない趣味に走ってるのを皆さんも見かけた事はないだろうか?

 

それは、羊、つまり奴隷

でもそれは「進んで好きな彼氏」の奴隷を希望したのかもしれない。

 

 けれど、僕はもうイメージの奴隷にならない

 

全部無視して、自分のイメージだけを増大していく自由な狼であろうと思います。