将棋道場のある町3

http://hauto3.hatenablog.com/entry/2018/11/15/235048

の続き

 

大人しそうな少年とテーブルを向かいあわせて座った。

しかし、この席狭いな…

後ろを振り返ると"先生"と呼ばれてる年配の男性が座っている。

小学生2人でちょうどいい椅子間隔に大人の男2人が詰まっているのだ。

どうりで…

"先生"も狭いと思ってるだろうな。

少し椅子を外に突き出す形に整えた。

これで良い。

喉もカラカラだ…

少年に「ちょっと待ってな。ここって自販機ある?」と聞いた。

するとおじいさんが「ホット?ホット?」と言った。

冷たいのありますか?

 

120円を払いトップバリューの冷たい烏龍茶を飲むと少し落ちついてきた。

 

さあはじめよう。

少年が先手だ。

パシッ!パンッ!少年の手がチェスクロック押す。

 

あっチェスクロック有りか

 

少年「間違えた〜無しですよね?」

俺「あ、うんでも大丈夫よどっちでも」

少年「いや、無しで」

 

少年が指す。パシッ!またチェスクロックを押す。

 

どうやらこの少年はチェスクロックを押すのが癖になっているようだ。チェスクロックを押す事が染みついた身体。

多分強い。

今まで何千何万局と指してきたのだろう。

 

少年「あー押してしまう」

俺「いいよ。有りで」

 

初のチェスクロックだ。

指したら時計の上のスイッチを押すだけだけどたまに忘れる時がある。

その度に少年は代わりに押してくれた。

 

最初に指した丸坊主少年とは違いこの子は全く喋らない。

大人しく虚ろな表情で次々に厳しい手を放ってくる。

 

将棋というのは非言語化されてはいるがお互いに指し合う事が既に会話だとも思う。

 

パシッパシッパシッパシッ

 

駒で少年と会話する。

 

「どうこの手は?」

「なかなかやるな」

「そろそろ殴るわ」

「逃がさない」

「引っかかってやんの〜」

「その手はダサいね」

 

約10分後

「参りました」と俺は声に出して言った。

 

2連敗。

強い…いや俺が弱いのか…

 

次は年配のマスクを着用した女性が相手だ。勝ちたい…

 

3戦目は何とか勝った。

その女性とは"感想戦"を長めにやった。

マスク着用の上に声も小さかったので、少し聞きずらかったが、互いに議論しあった。

 

最初に対局した丸坊主少年がやってきて、「やっと勝ったん?w」と話しかけてくれた。

照れながら「なんとかね」と言った。

子どもに話しかけられるのは嬉しい。

 

次はめちゃくちゃ喋ってニコニコしてる丸坊主少年が相手だ。

最初の相手とは別の丸坊主少年だ。

丸坊主2としよう。

 

対局中めちゃくちゃ喋りかけてくる。

「あんな〜おれ、サッカーもやっててリフティング463回できるねん」

「まじかよ凄いやん」

「キャプテンもやってるねん」

「キャプテンなら責任重大やな」

「そう!責任重大やねん!」

 

ニコニコしながら話しかけてくる。

可愛い。けれど将棋の方は

「ここにズラしていい?」「もう一回指していい?」「あーーー!!もう無理や〜」

 

丸坊主2に勝った。

 

丸坊主1が来た。「おまえ負けてるやんおれ勝ったのにw」

 

打倒丸坊主1

 

その後、また違う少年に勝って

3-2になった。

 

次は2戦目に当たった、大人しそうな少年と再戦だ。勝ちたい。

指していると、横に"先生"が立った。

腕組みをして盤面を眺めている。

少年が指した手を見て先生は溜息をついた。

「そんな手ない!よく考えろ!ありえないわ。」

イライラしながら盤面を見つめてる先生

 

空気が張り詰めてきた。

こっちまで緊張する。

 

「ちゃんとよく考えろ!」

「見てられへん。もうあかん投げろ!(投了しろ)

 

少年は「負けました…」と言って頭を下げた。どっちが優勢でもない難解な場面だったと思う。

 

この少年は先生の息子なのだろう。

将棋スパルタ教育を施す父親と息子

漫画の世界では見た事がある。

 

先生が「まだ時間大丈夫ですか?やりませんか?やりましょう!」

 

帰ろうとしてたところだったが勢いに押され対局する事になった。

 

パシッッ!!!パシッ!!!

 

不甲斐ない息子への憤りなのか駒音が激しい。

 

最後、形は作れたが負けた。

感想戦では先生は凄く優しかった。

先生は他の子供にも優しかった。

息子にだけは厳しい人だった。

 

おじいさんに「ありがとうございました!」と言って帰ろうとした。

おじいさん「また来て下さいね〜〜」

 

外に出ると辺りは暗く、寒い。

もう冬か。

 

駅着くと路上ライヴで一人歌ってる男性が見えた。長渕を歌ってる。良い歌だ。

 

道場がある街から道場がない街へ行く為の切符を買う。

 

帰りの電車でどっと疲れがきた。

良い疲れだ。

来てよかった。

楽しかった。また近いうちに来ようと思った。

自分の居場所がまた一つ作れた気がした。

 

田んぼで真っ暗な窓の外を眺めてると程なく着いた。道場がない街に。

 

終わり