NSC(吉本総合芸能学院)面接の思い出

20歳。

とある白いビルの前に立った。

 

この期に及んでもまだ「やめようかな」

と思っていた。

地元の工場で缶詰状態になってかき集めた引越し費用と入学費用。

勝手に大学をやめて親に怒られ悲しまれた。

 

そういう物を背負って覚悟を決めたはずなのに、まだ「やめたい」のだ。

 

お笑いの世界に入りたい人間は

大きく言うと二つの種類に分けられると思う。

 

「俺、おもろい」「絶対売れてやる」

という自信に満ち溢れて能動的にお笑いを選んだタイプ

 

もう一つはあれもダメ、これもダメ、「怠けたい」「楽したい」と

消去法で選んだタイプ

 

自分は明らかに後者だった。

 

しばらくぼーっとビルの前に立っていると話しかけられた。

「あの〜NSCの面接ってこのビルですよね?」

「は、はい、そうみたいです」

「一緒に入りませんか?なんか怖くて。」

「あ、僕もちょっと入り辛くて一緒に行きましょう」

彼も"消去法タイプ"なのかな

 

入ると受付の人が「面接?名前書いて」名前を書くと

「エレベーター上がったら部屋あるから、そこで呼ばれるまで待ってて」

言われた通り控え室に行くと

 

既に20人くらい居ただろうか。

その人数にしては狭い。

狭い上に空気が張り詰めている。

ピリピリピリピリしているのだ。

 

誰も喋っていないのに

 

「おまえおもろいんか?」

「俺のがおもろいからな」

「絶対売れてやる」

「天下取ってやる」

 

そういった声が聞こえてくるような、

欲望が渦巻いたギラギラとした目をした20歳前後の若者達が集まっていた。

 

その時の事を思い出すと未だに息が詰まりそうになる。

 

どこにも目のやり場がなく、ずっと床を見つめていた。

心底後悔していた。

完全に場違いだ…

 

一緒に来た人が喋りかけてきた。

「なんかピリピリしてますねw」

小声ではあるが誰も喋ってないので

狭い部屋全員に聞こえたと思う。

 

「おいやめろ」と思いながらも一緒にここまで来た仲間だ。

無言で「そうですね」というイメージの変な首の振り方をした。

 

面接室はドアを隔てて横にあるようだ。

名前を言って志望動機を言う声がさっきから聞こえてくる。

 

張り詰めた沈黙の空気の中、

面接室から

「あたたたたたたたたたたた!ほっわっちゃあ」

 

という声が聞こえた。

 

ん?ケンシロウ

 

数秒経ち、また「あたたたたたたたたたたたたたたた!ほっわっちゃあ!」

 

明らかに誰かが"面接"で北斗の拳のネタを披露している。

 

その瞬間

控え室の空気が少し穏やかになったような気がした。

急に壁を向き笑いをこらえる者、急に風船みたいに口を膨らまし舌を動かし始めた者、急に目を瞑って腕組みをして耐えている者。

 

みんな「笑ったら負け」という空気に支配されていた。

 

しばらくして、面接室のドアが開きぞろぞろと受験生が出てきた。

みんな緊張感から解放された清々しい顔をしていた。

 

野太い声で「次の人ら全員入って」

と聞こえた。

 

いよいよ面接だ。

 

全員、顔がピリッと戻り向かう。

戦場に行く兵士達のように

 

部屋に入ると控え室よりは広い。

受験番号順に指定された椅子に座った。

 

面接官は三人居た。

 

一人の面接官が、

「じゃあ〜順番に自己紹介してって〜」

 

緊張する。

 

大体の人が名前を言ってからお笑いに対しての思いを語っていく。

 

コンビで田舎からやってきた人も居た。

 

自分の番だ。とりあえずみんなの真似をしようと思った。

 

名前を言って、"当たり障りなく"お笑いへの思いを語った気がするがあまり覚えていない、「志村けん」とかドリフに対しての思いを語った気がする。

 

ダウンタウンに対して語る人が多かったので、少し差をつけたいという欲が出たのかもしれない。

 

自分の番が終わり、ひとまずホッとした。

 

最後の人まで終わり、

面接官が「なんか質問ある人いる?」

 

一人、手を挙げた。

 

「ギャグ披露して良いですか?」

 

貪欲な人だ

 

面接官「ん?まあ、じゃあやってみて」

 

その人は鞄からメトロノームとタオルを取り出し、メトロノームのタイミングに合わせて前傾姿勢で独特のステップを刻みながらひたすらタオルを振り回し始めた。

 

「シュージュジュシュー、シュージュジュシュー」

 

低い声でうなりながらタオルをひたすら振り回している。

 

意味わからないけどめちゃくちゃ面白い。必死に笑いを堪えた。

自分以外にも笑いを堪えてるような咳払いが聞こえる。

 

1分くらいで面接官が「あっもういいよ」と止めた

 

するとその人は悔しそうに

「すみません。ちょっと失敗しました」

と言った。

 

面接官「どの部分やねん」

 

みんな笑った。

 

面接は無事終わり、

数日後「合格」の通知が届いた。

 

NSCに入った後に「あのタオルの人面白かったけど落ちたらしい」

という会話があちこちでされていた。

 

真偽は未だにわからない。